2012年10月14日

今日は、ソシュール言語学の本を買った。

 気になっている事が一つずつ片付くと、なんだか気分がすっきする。
 今日は前から気になっていた本が買えたので嬉しい。
 それはソシュールの講義をまとめた本、『一般言語学第一回講義』(エディット・パルク刊)だ。

ソシュール『一般言語学第一回講義』


 この講義は第三回まであり全三冊にまとめられているので、一気に三冊買いましたよ。一冊3500円だけど、言語学の本は前から欲しかったしねえ。

 これで当分楽しく過ごせると思うよ。楽しみがあると、頑張ろうって気が起きるからね。

 他にも片付けたい事があるので、本はしばらく買わないと思う。
 次に買うとしたら、ジャック・デリダの本だねえ。

 ジャック・デリダの本は『法の力』しか読んだことがないので、他のも読みたいなあ。
   ◇
 話は少し変わって、言葉には、話し言葉と書き言葉があるわけだが、私の場合、頭に色々な事が浮かぶのでそれを書き留めるのが追いつきません。
 兎に角、頭に浮かぶ速度の方が速すぎて、書くのが追いつかない。
 話す時も、他にも色々浮かんでるのに一つしか話せないので、非常にまどろっこしい。
 頭の中に浮かんだ物を音声なり文字にする場合、明らかに浮かぶ速度の方が速いよね。

 複数の事が浮かんだ場合、その内の一つしか書き留められないから、他に何が浮かんでたか思い出せないんだよねえ。
 書き留めることに集中すると、書いてる内に他に何を考えてたのかすら思い出せなくなる。
 まあ、何かのきっかけがあれば思い出せるのかも知れないが。

 ところで、話しをしている時、一体自分が何を話そうとしているか把握してる人って居るのかねえ?
 寧ろ自分が話してるのを聞いた時、初めて自分が何を話そうとしてたか分かるんじゃないかなあ。
   ◇
 今、片付けたい事。

 読書。
 部屋の整理。

 この二つを優先して片付けることにしよう。
 何にせよ、今日は大きな本屋に行って、気分転換できて良かったなあ。

 そういえば仕事の合間や夜、布団の中で浮かんだ事って書き留められぬまま、どこかに飛び去って行くなあ。何度も思い返して頭に記憶しようと努めてるが、全部は覚えきれない。
 昼休憩に携帯電話に打ち込むのも時間が掛かるしなあ。何か良い方法はないかねえ。
 浮かんだアイディアを書き留めるのも片付けたい事の一つだな。
ラベル:読書 哲学 言語学
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2011年05月23日

自分の思いを言葉にするのって難しいよなあ

 では今日、二つ目の記事を。
 最近読んでる本をば書こうかな。

 『暴力 6つの斜めからの省察』(青土社)

 色んな考え方を知ると、様々な視点から物を見られるようになるので、哲学系の本は好きだねえ。
 こういう見方があるのかと関心する。読んでて面白いよ。
 上記の本を読んでたら、前に読んだ、ジャック・デリダ著『法の力』を読みたくなって本棚から取り出したよ。
 この手の本は、何度も読み返す内に段々、内容が分かってくるからねw
 全部は分からないが、自分なりの理解をすれば良いんじゃないかな。

 そもそも自分の考えを「完全に」言語化する事は難しいからな。
 自分の思いを「完璧に」文字に出来るなら、苦労しないわけで。

 書かれた物や話された事は、どこか舌足らずだから、その足りない部分は受け手が自分なりに埋めるしかないと思う。
 著者が伝えたい事と、私が受け取った事は多分違うだろうが、それでも読んで良かったと思うよ。

 「自分の受け取り方は間違っているかも知れない」という前提に立って他人の言葉を聞くのが良いと思う。
 相手が、「あなたの解釈は違うよ」と言ってきた時には、その意見を聞かないとね。賛同するかは別にして。

 「お互い誤解し合ってるかも知れない」って思ってる方が、相手に対して優しく出来ると思う。
 自分は100%正しいと思ってると、柔軟性がなくなるからなー。

 私は相手の事を分かってあげられない。
 相手は私の事を完全には分からない。
 だから孤独感もあるが、相手の事を少しは分かってあげたいとは思う。

 とは言え、私に言わせれば人間は複雑怪奇だからな。
 思っている事と、口から出る言葉は多少違います。

 たぶんその言葉の裏には、以下の言葉が隠れている。
 「誰か気付いて下さい。」

 話はちょっと脱線するが、自分の思ってる事を素直には言えないってwww
 どうしても、ちょっと分かりにくい表現で言わざるを得ないものさ。
 なぜ婉曲に言うかといえば、たとえば相手を傷つけないためだったり、自分の自尊心を守るためだったりする。
 この話はまた後日という事で。

 最後に、一緒に読みたい本のタイトルをば。

 『暴力 6つの斜めからの省察』(青土社)
 『法の力』ジャック・デリダ著(法政大学出版局)
 『暴力批判論』ベンヤミン著(岩波文庫)

 読み返して気付いたが、読んでる本の内容や感想が書かれてない点が素晴らしいな(笑)。
 なぜ、こういう内容になったかは、筆者にしか分かるまいw
 昨日、一冊だけ持ってるラカンの本について色々思い返して検索したから、「自分の思いを言語化出来ない」って書いたのだな。
 常々、自分の思いを上手く言語化出来ないなと感じてるものでね。
ラベル:哲学 無題 読書
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2010年02月12日

「クビシメロマンチスト 人間失格・零崎人識」覚書

ひとまず、借りた本の読書がちょいと進んだので、
途中経過を覚書しておくか〜。

読んでる本。
「クビシメロマンチスト 人間失格・零崎人識」
西尾 維新著

まだ序盤しか読んでないですが、これ読んでて、自分が以前考えていた事を思い出しました。
少年事件や、無差別事件が起きる度に、私は考えていました。

何故、無差別に人を殺すんだろう、と。

得た結論。
無差別に殺す人は、憎しみの対象が漠然としている。
いや、正確に言うと、身近な人に憎しみを向ける事が、なんらかの理由で不可能になったために、
「世間」だとか「社会」だとか、漠然とした大きな物を、代りに憎んでしまう。
そして、社会の構成員である、その辺にいる普通の人を、殺す対象にしてしまう。

自分以外の、社会で生きている人、全てが、憎いのかも知れない。

本来はもっと身近な人を殺したかったはずなのに、
その人を殺したくないがために、全く関係のない人を無差別に殺している。
   ◇
或いは、人との関わりが薄いために、特定の誰かを憎むことが出来ないのかも知れない。
そもそも、相手を憎むには、その人との距離が縮まっている必要がある。
全然関係のない人を、そう簡単には憎めるものではない。

と言う事は、世間を憎む人と言うのは、孤独なのかも知れない。

たとえば、恋人と上手く行かなくて、恋人を憎むと言うのは、非常に分かりやすい。
相手への過度の期待や、依存が大きければ大きいほど、憎しみも深いだろう。

だが、世間を憎む人には、おそらく恋人だとか友達だとか、そういう憎むべき対象がいない。
特定の誰かを憎みたくなるほどに、人と関わった事がないから。

私も、愛と憎しみはコインの裏表だと思う。
相手への関心の表現の仕方が、愛情になったか、憎しみになったかに過ぎない。

(2010年2月10日 宮城県石巻市 南部美沙さん(20)、大森実可子さん(18)の二人が刺殺された事件がありましたね。
少年が、交際していた女性の姉らを殺して、交際していた女性を拉致した事件。
そうまでして拉致することに、何の意味があったのか。
どんなに悪い事をしても、「何があっても殺さず」の精神だけは、持っていて欲しかったですがね。
あの事件には、おそらく「愛」は無かった気がしますね。ただの依存と憎しみがあっただけでは、ないですかね。)

特定の人を憎む人間は、その特定の人物に対して執着がある。
翻って、漠然とした世間などというものを憎む人は、憎むに足る特定の人を得られなかったのだ。
   ◇
たとえば、人生が上手く行かない事に恨みを抱いた人がいるとする。
自分を育てた親を憎んで殺しても良いはずなのに、親を殺さず、関係のない人を殺したりする。

考えられる理由は三つ。

一つは、親を殺したくないから。

二つは、自分が親より「弱い」ために、自分より強い親を殺す事が出来ないから。

もう一つは、そもそも親が殺すに足る人間ではないから。

相手に対する期待があるからこそ、憎しみ、殺意も芽生えるのだと、私は思う。
「ああして欲しい。こうして欲しい」という望みがあるからこそ、それが叶わなかったら、憎しみも芽生えよう。

だがもしも親に対して、あまりに絶望しているなら、おそらく親を殺しはしない。
「この人に訴えても、何の意味もないんだ」と親に対して思うならば、おそらく殺さないと思う。
これはただの直感ですがね。

今日はここまで。
また気が向いたら、この事について考えようかなあ。
ラベル:小説
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2010年01月11日

金田一少年の事件簿 「飛騨からくり屋敷 殺人事件」

「飛騨からくり屋敷 殺人事件」の話が、
好きなんですよ〜。

ここからは、若干ネタバレすると思うので、
未読の人は要注意で。続きを読む
ラベル:漫画
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2007年11月30日

トリックが浮かぶまで、本の続きを読まない

今日は、東野圭吾著「探偵ガリレオ」と、
「余地無」(ちゃうやろ)、「予知夢」の2冊を買いました〜。

(しかし、「よちむ」を「余地無」と変換してくれるパソコンのセンスは、凄いよね〜w)
   ◇
ところで、何故他の人は本を読むのが早いんだ〜?w
三百ページくらいの本なら、2時間かからないんですか!?

私は普通に活字を目で追うだけでも、結構かかりますよ〜w
時間、計った事ないから、どれくらいかは言えないけど(^^;

特に推理物は、事件が起きたら、推理するために読書を中断せざるを得ないじゃないですか〜。
そんなに長くは考えないけど。
中学生の頃は、前の晩に読んだ推理小説のトリックを、学校に行くために自転車をこいでる最中に考えてましたねえ。
場合によっては、自分にとってそこそこ納得のいくトリックが浮かぶまで、本の続きを読まないことも。
2日くらいは読書を中断して、真相を推理したこともあったな〜。
昔はねw

あなたは、三百ページくらいの小説を、何時間で読み終わりますか〜。
ラベル:小説
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2007年11月23日

箱入り娘と「魍魎の匣」

今日は読書をしました。
「魍魎の匣」を読んでる最中です〜。
まだ序盤なので何とも言えませんけど。

魍魎の匣は「もうりょうのはこ」と読みます。
登場人物の名前も、振り仮名ないと読めない人ばかりですよ〜(笑)。
ばかりって事もないか。
所でこの作者の漢字の使い方は、良いですねえ。
「せい」を「所為」と書く人、好きですよ〜。
流石に懸想はしませんけどw

それにしても「トリック」で「箱入り娘」が出て来た時は、「魍魎」読んでた所為もあって、なんか笑ってしまったなあ。
   ◇
あと今日は音楽聴いてテレビ見て。そんな感じの一日でした。

今日見たテレビによると。
徳川吉宗という人は、日本で初めて公園を作った人らしいですよ?
民衆が花見が出来るように広いスペースを確保したのが、始まりとか。
あとサトウキビの生産を広めたそうです。
ラベル:小説 日記
posted by 赤石物語集 at 23:53| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする